平成20年度―教育系大学院受験体験記

「最後まで信じる力」

東京大学大学院教育学研究科総合教育科学専攻大学経営・政策コース合格

最終合格発表日…、今でも忘れられない。緊張と不安で職場にいながら、仕事が全く手につかずに、妻からの合否の知らせの電話が入る携帯電話をデスクの目の前に置き、発表予定時刻の30分も前から周囲にバレないように携帯電話を見つめていたことを。そして、発表予定時刻の15時を迎え、さらに鼓動が高まる。あらかじめ、妻からは10分くらい遅れるメールが来ていたので、定刻より遅れることは承知していたが、この時ばかりは、1分が異様に長く感じた。そして、15時15分頃、目の前の携帯電話が震えた。いつもなら、職場にいる時に携帯が震えると、席を外してから出るが、このときばかりは、席にいながら電話を出た。

「あったよー。…」と、妻のテンションの高い声が、私の不安を一気にぬぐった。…合格した、東京大学大学院に。

仕事をしていながら、少しの勉強時間と少しの心の余裕を振り絞って臨んだ受験勉強。日曜の夜に通った中央ゼミナール。すべてが報われた瞬間を私は迎えることができた。それも一番の理解者であった妻からの報告によって。前置きが長くなったが、ここまでたどりついた流れを、これから大学院受験を迎える方に少しでも役立てるように、また、私が今後、研究生活に挫折した時に、「あの瞬間」を思い出せるように、ここに書き記しておく。

私は、2回の転職を経て、現在は都内の私立大学の職員であるが、通常のルーチン業務だけこなしていれば、特に大きな問題もなく、昇給し続けていく。そんな中で、大学事務職特有の細かい資料作成や意味の感じられない会議に時間を費やしていくことにあまり仕事の達成感を感じられなくなった自分がいることに気づいた。漠然とではあるが、専門職的な技量が求められるような職に就きたい。自分にスペシャリスト的な力があればよかったなと思っていた。しかし、そう思ったところで、大学時代に勉強や資格取得を熱心にやってきたわけではなく、卒業後に仕事以外に熱中して自己啓発にいそしんだわけでもないので、気持ちだけではどうにもならない。また、大学時代に遊んでばかりいないで、もっと勉強しておけばよかったと、卒業してから10年以上経ってから、激しく後悔している自分がいて、それらが重なり合って、今から2年前に大学院受験を決意した。

しかし、大学院受験といっても、仕事を辞めるなんてことは微塵も考えていなかったので、働きながら通える大学院を探し、何となくMBAを目指した。その時は、予備校などは考えずに独学で何とかなるだろうと思い、受験勉強は過去門を中心に行った。研究計画書の書き方も分からないまま、何とか書き上げ、出願したが、結果は不合格。ちょうど1年前の話になるが、そもそも自分のやりたいことと問題意識は経営学なのかということを見つめ直した。その後、現在の職である大学職員というある意味特殊な仕事のバックヤードを生かせる大学院を探したが、同時に独学での限界になんとなく気づいた。これは、大学院受験をする上で大きなポイントになるが、世の中に多く存在する大学院の中で、どれだけ自分の動機や研究テーマに合致した大学院や研究科を探せるかどうかが、大変な作業ではないかと思う。ただ、時間をかければ答えが出るというものではなく、中央ゼミナールのような歴史があり、情報を積極的に蓄積している予備校で相談し、自分が目指しているところに志望校が合致しているか、否かを判断するのが重要だと思う。大学院受験は今後、めまぐるしく制度が変化する可能性があるが、それを含めて、つまり情報力が合否を左右する大きなポイントであると断言できる。

そこで、私は、インターネットで情報を集めて、東京大学大学院教育学研究科を見つけた。受験に必要な科目は、研究計画書と、筆記試験として2時間半の英語全文和訳と3時間の専門試験であった。すべての対策をこれから行うということもあり、当初は、私が東大大学院に合格できるわけがないと半ばあきらめがちであった。その時にはじめて中央ゼミナールの門をたたき、相談に行った。

相談した先生がたまたま昨年、私が志望しているコースの合格者を指導したということを聞いて、私は迷わずにお世話になろうと決めた。その後、暫く経ってから中央ゼミナールに入学し、その先生から研究計画書と専門科目を学んだ。研究計画書の指導は、私の問題意識を提出書類のレベルまで押し上げてくれるもので、始めた頃は漠然としていたが、先生から聞いた文献などを調査していくうちに、問題意識が鋭くなったことを覚えている。私は仕事柄日曜日にも仕事が入ることがあり、仕事を終えてから疲れきった中でも、日曜の遅い時間に高円寺まで通ったことをよく覚えている。でも、指導後に自分がレベルアップする感覚が楽しくもあった。大体週に1回ずつ4ヶ月間通った。その期間で、研究計画書を仕上げ、専門試験については、中央ゼミに蓄積している5年分の過去問をすべて解き、それに先生が指摘をくれる。大きく論点を外した問題は、その翌週に作り直したものを再度提出して意見をもらうというサイクルを繰り返した。その間に私自身力がついてくるのを実感した。

論文指導を終えたこと、1回目の公開模擬試験があり、そこで大学院人文系英語で全体の3位に入ったことも、モチベーションを上げた。英語については、多少の自信があった。しかし、念のため、夏期講習で大学院英語(教育学)をとり、毎回添削をしてもらった。そのクラスは、なんとなく社会人の方が多かった記憶があるが、上位者の点数が発表され、それに自分が入っていないことが、悔しくてしょうがなかった。ある程度、自分では東大大学院受験で得点源にしようと思っていた英語が、上位者の中ではたいして上の成績ではないことに気づかされ、受験直前ではあったが、気持ちを締めなおした。本当に夏期講習は受けておいて良かったと思った。他人との比較は中央ゼミのようなある程度の母集団がいないとできないと思う。そういう意味では模擬試験も非常に大事であると思う。

中央ゼミに通い始めて半年で受験になったわけだが、その間に、仕事をしながら、受験のモチベーションを維持するのが本当に大変であった。大学受験と違って、今年落ちてもまた来年受ければいいとも思える。仕事はしっかり持っているのだから浪人するわけではない。この気持ちの隙間が、社会人で受験する方の弱点ではないかと思う。しかし、中央ゼミに通ったことで、同じ大学院受験をする方の頑張りや、編入で頑張っている私より若い方々を目の当たりにすることで、絶対今年で決めてやると思った。相手は東大だが、ベストを尽くせば何とかなるという気持ちを維持できたのも、中央ゼミのおかげだと思う。

最後までやり抜く力、自分を信じる力を強く持つことが、大学院受験での合否の分かれ目であると感じる。結局、勉強するのも自分、試験を受けるのも自分ではあるが、そのサポートにあたってくれる中央ゼミのような予備校の存在は、決して軽いものではないと改めて感じる。人生の中でそう何回も味わうことのできない「あの瞬間」を目指して、決してあきらめない姿勢であたっていこう。